めんへらるんるん

がちめんへら女子を合法観察できるブログ

リスカしないからメンクリ行かないという友達

ほんとに大丈夫?って思うリア友がいます。

いつ会ってもしにたがってて、遊んでても心から楽しめなくって、生きていることとか楽しい事とかも全部申し訳なくって、自分には価値がない、生きづらい、って言ってて、本人は明るく言うんだけどいつ会ってもそうだからいよいよ心配になっちゃって。

 

私がメンクリ通っているガチメンヘラってことはその友達も知ってたから、思い切ってその子に「メンクリは行こうとは思わない?」って聞いてみた。

 

そしたら、「病名がついたら楽になれると思っているけど、リスカしないしやりたくないし、病気じゃないと思う。ただのぐうたらって診断されることがめっちゃ怖いから行けない」って。

 

病名がついたら楽になれるかもって思ってるのはちょっと意外だった。

だってずっと病院行こうとしてなかったから、そういう救いの希望(楽になれるかも)みたいなのは持ってないんだろうなーって思いこんでたし。

あとめっちゃ冷静なんだなーって。

いっつもいっつもしにたくて楽しいことも楽しめなくて、つらいつらいって言ってた子だったから。溺れる者は藁をもつかむっていうけどその子は違って、藁を掴んだあとに絶望が来るかもしれないことをしっかりと把握しながら溺れているようなイメージ。

 

あとは、リスカってひとつのボーダーラインになっているんだなーってこと。

私も、リスカすると「いよいよヤバいな。普通じゃねーわ」っていう自覚を持てた。だからメンクリに行くのもさほど抵抗がなかったな。

でも、それをひっくり返すと「生きづらくてもリスカはしていないから病気じゃない」っていう残酷な線引きだなーって。

精神病になっちゃった人みんなリスカしているわけじゃないけど(それはその子も知っているとは思うけど)、やっぱり病気かそうじゃないかのひとつの見極め的存在になっちゃってるんだな。「メンヘラなら君もリスカしちゃってるの~?」って無粋なこと聞いてくるおじさんにも出くわしたことあるし、私。

 

そういう見極め的存在として、睡眠障害もわかりやすいかもしれない。

眠れない、おかしい、よし病院行こうみたいな踏ん切りになっていると思う。その子も「明らかに眠れない」とかなんとかあったら病院行ってたかもしれないけど、そうではないみたいだった。

 

それでもほんとうに辛そうで、こっちまで辛くなってくる。

時間忘れるくらいの趣味を見つけたら?って提案しても、私に趣味をやる資格は無いし楽しめないんだって。

 

 

いや、そういえば私も、初めてメンクリに行ったのは会社に指示されたからだ。

そのときはリスカもしていなければ、不眠でもなかったわ。

ただパニック起こして過呼吸なっただけだ。(ただ?)

 

上司が、「悪化する前に、まあまあ病気じゃないかもしれないけどさ、一回病院行った方がいいよ」って考えの人で、私の目の前で産業医とあれよあれよとメンクリの初回予約をとってしまったん。有給もない私を早退させてくれて、もう行くしかないっての。私は病気じゃないちょっと調子崩しただけだ~そんなに大ごとじゃね~よ!って思ってたけど、そこでばっちり病名がついて会社休みましょうねってなった。この上司には一生感謝すると思っているよ私は。

 

なかなかね、メンクリ行く踏ん切りって必要なんだなーって今回改めて思ったのと、「自分は病気じゃない」って自分では思ってるけどめちゃめちゃ苦しくて辛くてもう心が何やっても楽しくない不動の岩みたいになっちゃってる人は、外部の人間が誘導してあげる(してあげるっていうと上から目線だな)ってのも大事かもしんない。まあでもメンクリに抵抗あるのはわかるし…わかりみの民だし…。私の診察のときに保護者的な立場でついてきてもらうとかだったら抵抗減るかな?余計なお世話かな。

 

あとやっぱりちゃんと話を聞いてくれるお医者さんじゃないとな。

人生初メンクリ、いろんな葛藤とか決心とかやって行って「いやあ、ただの怠け癖」とか言われたら負の衝撃ハンパないだろうからなあ、やっぱり口コミとか知り合いが通っているとかしっかり情報収集してから、「行く」選択肢をちょっとずつ増やしていくのはアリだなと思います。

リスカしなくても睡眠障害起こってなくても、何やっても「辛い」のは苦しいよ。

蛇足だけどメンクリは近所じゃないほうがいいかな、近すぎると逆に「いつでも行けるしなあ」ってなったり、病院の付近を通ると色々思い出しちゃったりするかも。

 

何言いたいかわからなくなっちゃったけど、「病名ついたら楽になれるかな」って1ミリでも思ったならメンクリにいく準備してみるのも、いいんじゃないかなーって思ったっていう話です。準備したあとに「やっぱ行かない」でもいいし。

ぶっ倒れたい

疲れた。普通って言葉好きじゃないけど。

普通に取り繕うことが疲れた。

ま、普通ってなんだって話だけど!!

 

普通って何だろう(哲学)

 

メンタルの病気抱えてる人って、頑張って頑張ってなんとか普通の人ラインまで追い付いてメチャクチャ疲れてる人が多いんじゃないかな。元気な子と立っている所は同じに見えて、向こうはすぐ走り出せるけどこっちはもう疲れ果ててここから動けないって感じ。そこで運動会みたいに「頑張ってください」と言われてももう無理なもんは無理。酷な話。

 

増して、走り出せた子から見れば走り出せない私は「なんであいつ動かないの?サボり?」って思われてしまうかもしれない。怖い。

それならいっそぶっ倒れて看護室にいたほうが気が楽。

ぶっ倒れた人を責める人はそうそういないんじゃないかと、心配性の私ですらそう思える。

 

ぶっ倒れたい私は。

 

ぶっ倒れたら私が辛かったことわかってくれるでしょ?みたいな。

そんな気持ち。

寝すぎて何もできない

1日2~3回睡眠です。

睡眠導入剤は1日に1度決められた量しか服用できないので、6時間ほど眠れるのが1日に1回。ほかは1時間半~3時間くらい×2回。計3回睡眠。

 

薬なしで3時間ほど眠れるようになったのは進歩というか克服というか、喜ばしい事だけど、今度は寝すぎ。

 

全部眠りが浅いです。夢ばっかり見ます。

やっぱり寝る直前に起こった出来事の影響を受けやすいみたいで、仕事であった嫌なこととか、仕事前に寝ると仕事に遅刻する夢を見たりだとか。

 

メンクリで相談してますが、解決策よくわからず!!

 

眠いのに眠れんのはマジでつらい。

だから普通に眠れる人になりたい。笑

 

眠い時は集中力落ちたり人の話聞いて無かったりするのは昔と同じ。

ただ寝ても寝ても「よく寝たぜ」っていうのが無い、つら。。。

お前眠れないのに悩んでるくせに

こんな夜中にブログ書くなやw

って言われたら泣くので言わないでくださいね!!

今日も既に20時くらいに1回寝て起きてこの時間です……。

普通の人間生活くれや……。

全然るんるんしてねーよ!

ブログのタイトルが目に入って私が思ったことです。

「めんへらるんるん

るんるんしてねーよ!

自分で付けたタイトルなのに。笑

 

今の時期、猛烈に繊細で猛烈に悲しくてイライラします。

ピルの飲み具合見たら「ああそういう時期」って感じです。

冷静に「そういう時期」と自分で分かっていても

なかなか体調のコントロールは難しいです。

 

体調に関係なく仕事やら人付き合いやらはあるもので、

人間インパクトの大きかったことのほうが印象に残るもんです。

私が調子悪い時にひっかき回った傷が周囲にいっぱいです。

誰もるんるんしてねーんじゃないかな!?

 

 

めんへらるんるんっていうブログ名はある意味皮肉です。

るんるんな日々を過ごしているわけじゃないことは、ブログ作ったときから「るんるんじゃないよな」って思ってました。

 

しごとで嫌なことがあったので余計にるんるんじゃないです。

誰が何をやらかしてどうこうとか聞いてもどうしようもないです。

どうしようもないのに聞いても心が重くなるだけです。

というかそういう事情的なもの知らなかったんですけど、知らないほうが私はラクでしたしやる気ももっと持てた。もうどうしようもないですけど。いち、にの、ポカンで忘れられる仕組みならよかったのになあなんて思ってます。私はポケモンじゃないから出来なかった。

 

わーい、たのしいなあ、知らないことがいっぱいあったんだね。

ああ今日は無理と思いながら生きている毎日

もう今日は無理だ。今日はしんだ。私の今日はもうおわおわり。

もーしんだ。

今日ブログ無理だわー。

って言いながらブログを書く毎日です。

 

ブログで達成したい数値目標はいまだに決められず

ただ自分のため、自分の記録の為、頭の整理のため

最近身に起こったことを改めて考えるため

そういうぼんやりとした目標もどきで5月からやってて、もう9月。

 

そう、最近改行をね、

多めにしていますんですよね。

スマホで読んでくれている人もいるし、

メンタル頑張っていると長文読むのしんどくなる事あるよね。

ずらずらと書いてある文、途中で読むの放棄しちゃうの。

ツイッターの140文字もぎっちり書いてあると、

疲れている時ちょっとしんどいときあるよね。

病みアカにいると、ツイッターでもさ、

改行が多いツイートがよくいいねされているのではと気づきました。

 

今日も辛いことがあってお薬いっぱい飲んでて、

今書いていることも朝になったら忘れていそうです。

昨日の真夜中に私は何考えていたんだろう。

私は睡眠導入剤を飲むと記憶がなくなります。

ガチメンヘラ女子の言う「記憶がない」とは、

嘘やいいわけじゃなくってホントにあり得るんだって。

 

嫌なこともお薬で忘れられたらいいじゃんって思うじゃん、

嫌なことがいっぱいあってから、帰ってきてから、寝る前に、

睡眠導入剤を使って眠るわけだから、

そこに至るまでは心に「嫌なこと」が刻まれているわけです。

忘れられないんです。

 

こころが負傷していると、ポジティブ思考くんが

悪玉菌みたいなのにころされて

ネガティブ思考くんが蔓延するような

そんな感覚があります。

脳力くんは負傷の修復のために出払ってしまいます。

 

明日起きて、今日の真夜中のこと忘れてて、

このブログを私が見返したとしたら、

なんだこの変なポエムみたいなのは、と、

思うのではないかと思います、今から。

 

こうやって改行いっぱいしてるとさ、

歌詞カードに書いてありそうに見える。

メンヘラ女子のうた。

喜んでほしいなという感情から相手に怒りが起こる

喜んでほしいっていう気持ちは自分の欲がにじんでる。

 

相手が喜んでいる様子、反応、返事、リターンを得る、そのあともっと仲良くやっていける率の上昇、周囲からの注目。

 

相手の為を思ってやっていても、自分が得られるものを欲している。

 

私も少なからず、ある。

恥ずかしながら。

 

だから、相手が自分の想像した反応をしなかったときに

大きく自分が傷つく。

 

あなたのために休日返上して探し回ったプレゼントなのに。

ツイッターでいいなって言ってたから買ってきたのに。

会えたらいいねって言ってくれたからずっとこの場所で待ってたのに。

行けたらいいねって言ってたからチケット買ったのに。

夜なべしてお弁当作ったのに。

わざわざ有給とってデート組んだのに。

 

 

頑張れば頑張るほど、頑張ったのにどうして、と

相手に対する愛情が怒りになっていって嫌いになっていく。

 

過保護すぎる親みたいだ。

子供の為を思って言っていることが子供を傷つけ制限し

自分もなぜうまく行かないのかと

ストレスで訳が分からなくなっていく。

 

 

喜んで欲しい感情と相手の喜びが合致した時は

もうそれはすさまじいパワーが起こるけど

そうじゃなかったときの反動も大きい。

 

喜んでほしいという欲がにじみ出ているモノや行為には

喜んでほしいという感情が含まれていることがわかるからこそ

否定できない。

私は酒が1滴でも入っているチョコが食べられないが

もしプレゼントでそういうチョコを貰ったら

嬉しい、喜ぶ、プレゼントくれたという事実がまずうれしいから。

 

でも、

「ごめん苦手なんだ」というのは申し訳なさ過ぎて言えないし

それは食べず家族にあげてしまう。

 

この様子を相手が見たらどう思う?

 

 

私は彼氏が出来るとどんどんヤンデレ化していった。

たまたま彼氏と偶然外で会えたら「運命かもね」と言ってくれた。

こないだ喜んでくれたから次も、次も、もっと

もっと好きになってもらうために、意識してもらうために

相手が出かける場所や時間をツイッターで察知しては

そこに3時間ほど居座るようなことをしていた。

彼氏がどんどん疲れ果てていった。

休日のデートも全く楽しくなさそうだった。

私は訳が分からなかった。

何でそんなに楽しくなさそうなの?

なんで最近は全く「会えてうれしい」って言ってくれないの?

なんで友達と遊ぶことを私に隠すの?

 

うまくいかなさすぎて何回も怒ったし泣いたし辛かった。

八つ当たりは日常茶飯事だった。

好きなのに嫌いっていった矛盾した感情になった。

ほんとは自分が満たされたかったんだな。

 

喜んでほしいという気持ちから自分の欲を切り離すのは

無理なことだけど、

そういう気持ちが混ざってるなって自己認識することで

うまく行かなかったときのダメージは軽減できそうな気がする。

 

渦中のときは気づけないのがポンコツだけど。

好きなことでも強要されたら嫌いにならないの?

例えばだ

 

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ゴルフの打ちっぱなしが好きだった僕。

嫌なことも忘れて、ひたすら遠くに掛けてある板を狙って、打つ。

仕事から解放された休日にやるのが大好きだ。

クラブとかフォーム探求とかには興味がないが、

ただ、自分ひとりで完結できる、いいストレス発散なんだ。

 

 

ある日、仕事中に、上司が「週末はゴルフコンペだ」と話していた。

ふーん、偉い人は大変だなあ、半ば仕事だろ、

と思いながら僕はそのままパソコンに向かっていたが、

「○○くんは若いが、ゴルフはするのか?」と上司に声をかけられた。

 

打ちっぱなしをやってるから、やってないわけではない。

しかし、技術も道具も中途半端だし、

増して休日返上コンペとかに付き合わせれるかもしれない。それは御免だ。

 

だが、

やってませんと上司に嘘をつくのも気が引ける。

打ちっぱなし場で上司に出くわすことが無いとも言えない。

 

 

「いやあ、打ちっぱなし程度ですよ、僕は」

 

社交辞令程度に返事したのが終わりだった。

 

 

「おっ、いいね、若いうちからやるのはいいぞ」

「今度私のクラブを貸してやろう。打ってみると全然違うぞ」

「フォームの練習のためにスローモーション機能を使っているんだ、君も今度見せてくれよ」

 

そこからは僕と会うたびにゴルフの話だ。

 

最近どうなのか?やってるか?

新しい打ちっぱなし場が出来たらしい。君、家近いだろう?行ってないのか?

コンペでいっぱい玉をもらったんだ、分けてあげよう。

 

最近やってるか?

 

あのゴルフ売り場の店員は良かったぞ。

クラブの種類も多くてな、君も行ってみたらどうだ。

 

どうだ?例の店、行ってみたか?

 

フォームをアドバイスしてくれているアプリがけっこう良くってさ、君の携帯でも出来るよ、ダウンロードの方法教えてあげよう。

 

最近やってるか?

 

前に言ってたクラブを貸してやるって話、今度の週末はどうだ?

 

よっ、先週は残念だったな。今週末はどうだ?

 

 

 

あんなに楽しかったのに、もう、ゴルフも打ちっぱなしも大っ嫌いだ。

上司も大っ嫌いだ。

 

 

 

良かれと思ってやってること、強要になってないですか?

その人の「すき」を真っ黒に塗りつぶす行為になってないですか?

 

【2018.9.17補足】

この話のオチは「相手の好き度合い・本気度合いを見極めないとこうなっちゃうかもよ」ってことです。

僕がゴルフもっと上手になりたい、コンペにも出てみたい、っていう熱意を持っていれば、この上司はめっちゃいい人です。場合によるって話です。