好きなことでも強要されたら嫌いにならないの?
例えばだ
ゴルフの打ちっぱなしが好きだった僕。
嫌なことも忘れて、ひたすら遠くに掛けてある板を狙って、打つ。
仕事から解放された休日にやるのが大好きだ。
クラブとかフォーム探求とかには興味がないが、
ただ、自分ひとりで完結できる、いいストレス発散なんだ。
ある日、仕事中に、上司が「週末はゴルフコンペだ」と話していた。
ふーん、偉い人は大変だなあ、半ば仕事だろ、
と思いながら僕はそのままパソコンに向かっていたが、
「○○くんは若いが、ゴルフはするのか?」と上司に声をかけられた。
打ちっぱなしをやってるから、やってないわけではない。
しかし、技術も道具も中途半端だし、
増して休日返上コンペとかに付き合わせれるかもしれない。それは御免だ。
だが、
やってませんと上司に嘘をつくのも気が引ける。
打ちっぱなし場で上司に出くわすことが無いとも言えない。
「いやあ、打ちっぱなし程度ですよ、僕は」
社交辞令程度に返事したのが終わりだった。
「おっ、いいね、若いうちからやるのはいいぞ」
「今度私のクラブを貸してやろう。打ってみると全然違うぞ」
「フォームの練習のためにスローモーション機能を使っているんだ、君も今度見せてくれよ」
そこからは僕と会うたびにゴルフの話だ。
最近どうなのか?やってるか?
新しい打ちっぱなし場が出来たらしい。君、家近いだろう?行ってないのか?
コンペでいっぱい玉をもらったんだ、分けてあげよう。
最近やってるか?
あのゴルフ売り場の店員は良かったぞ。
クラブの種類も多くてな、君も行ってみたらどうだ。
どうだ?例の店、行ってみたか?
フォームをアドバイスしてくれているアプリがけっこう良くってさ、君の携帯でも出来るよ、ダウンロードの方法教えてあげよう。
最近やってるか?
前に言ってたクラブを貸してやるって話、今度の週末はどうだ?
よっ、先週は残念だったな。今週末はどうだ?
あんなに楽しかったのに、もう、ゴルフも打ちっぱなしも大っ嫌いだ。
上司も大っ嫌いだ。
良かれと思ってやってること、強要になってないですか?
その人の「すき」を真っ黒に塗りつぶす行為になってないですか?
【2018.9.17補足】
この話のオチは「相手の好き度合い・本気度合いを見極めないとこうなっちゃうかもよ」ってことです。
僕がゴルフもっと上手になりたい、コンペにも出てみたい、っていう熱意を持っていれば、この上司はめっちゃいい人です。場合によるって話です。